
昨年、アメリカをはじめ各国で公開され、日本でも宣伝を打っていたスティーヴン・キング原作の小説を映画化したのが、この「ランニング・マン」である。宣伝を打った割には観客動員は悪かったので、IMAXシアターも半分も埋まっていなかったと思う。本国アメリカでもあまりヒットしなかった。
この映画は原作小説の初めての映画化ではない。1980年代に人気スターだったアーノルド・シュワルツェネッガー主演で、「バトルランナー」の邦題で映画化されているので、「バトルランナー」のリメイク作ということもできる。
「バトルランナー」は今はNetflixで視聴可能であるが、僕は1990年代に何かの媒体で一回見た。原作から大きく外れたストーリー展開であり、まさにキングが好きそうなB級アクション映画として独特の味を放っていた。この映画を見る前に原作小説を読んでしまい、その展開に驚いていたので、映画のB級ぶりに唖然とした記憶がある。
今回の「ランニング・マン」は、過去の原作小説読破の記憶を元に見ていると、割と原作に忠実な展開だったように思う。1980年代に発表された、実際は1970年代に書かれたディストピア物の小説を2025年の今映画化するというのは、小説が描く世界観と現実の世界観があまりに同じになってしまったことに対する映像化の矜持があると思っている。
一部の富裕層と多数の貧困層に分断した社会という設定はあまりに今の時代に合いすぎているし、貧困層に属する主人公ベンが図らずも「ランニング・マン」という残酷なリアリティ・ショーに出演し、逃亡を続ける中で貧困層の希望の象徴となる展開は、現実の社会の歪みをそのまま映画の世界観に持ち込んだ結果としてのように思う。
ただ、ラストは原作と違っていたので、少々テンションが切れた。原作のままの重苦しいラストだったら、希望も何もないところであるが、やはりハリウッド映画としてラストは主人公の勝利にしなければならなかったのだと思うが、その改編は原作のラストを知っているいる身からしたら残念なオチである。
IMAXで上映された本作であるが、IMAXのアスペクト比を拡大するシーンは全くない。終始シネマスコープサイズで押し切っているので、IMAXの利点は単に画面が大きい、というだけである。撮影はフィルムで行われていたようなので、映像は終始フィルムグレインが見えている。それが映像の立体感を生んでいる。35mmフィルムをIMAXに拡大しているのだから、フィルムグレインが見えやすくなっていても不思議ではない。
今年の6月にはキングの「死のロングウォーク」も「ロングウォーク」のタイトルで劇場公開される。これもディストピア物で原作の評判は高い。こちらも原作は読んでいるし、アメリカでリリースされた4K UHD Blu-rayも持っているので、近々見てみようかと思うが、先に書いたようにキングが書いたディストピア物が2025-2026年という混乱の時代に映画化されるというのは偶然ではないと感じる。
