クリストファー・ノーランが監督して話題の映画「オッペンハイマー」の主役である物理学者、ロバート・オッペンハイマーの半生を丹念に記したノンフィクションが、この「オッペンハイマー」である。
2024年1月に刊行されたこのノンフィクションは上巻、中巻、下巻の3冊に分かれていて、それぞれが400ページを超す分量の大作になっている。元々は、2007年8月にPHP研究所から刊行された「オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇」がベースになっていて、新たに監訳と解説を追加してタイトルも変更の上、出版社も変わっての再刊行になる。
この上巻では、ロバート・オッペンハイマーの幼少期から原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」に加わるまでの人生が事細かに描かれている。その細かさは、ロバート・オッペンハイマーの人生の細かさだけでなく、彼に関わったすべての人々、それも彼の家族から友人、学校の恩師、恋人に至るまですべての人々の詳細な人生の歩みを描きこむことで、ロバート・オッペンハイマーという人物が何者なのかを浮かび上がらせようとしている。
上巻を読む限り、ロバート・オッペンハイマーはまさに上巻のサブタイトル通り「異才」としか言いようのない頭の良さを見せつけられる。ロバート・オッペンハイマーという人はものすごい頭のいい人で、しかも人付き合いも悪くない。もちろん、人付き合いがいいのはロバート・オッペンハイマーが相手を自分と同じくらい頭がいいと認識した人だけであるが。
ロバート・オッペンハイマーの頭の良さを示す事例の中で特に印象に残ったのは、ロバート・オッペンハイマーが実は最初にブラックホールの概念を提唱した、という事実である。ブラックホールが存在するのを確認できたのはロバート・オッペンハイマーが理論を提唱してから何十年も後のことであり、天体学者が確認できないうちにその理論を提唱できたのは、驚きである。
ただ、ロバート・オッペンハイマーは、頭は良かったが手先は不器用だったので、普通の実験物理学は苦手だった、という事実も興味深いところである。だから理論物理学に走って、原爆開発に携わることになるのだが。
上巻を読み進めていくうちに意外に思ったのが、ロバート・オッペンハイマーが1930年代からずっと政治的に共産主義に傾倒していた、という事実である。映画でも戦後、ロバート・オッペンハイマーが共産主義に傾倒していた事実を突きつけられ、公職を追放されるのだが、その芽がすでに原爆開発の前からあったことになり、かつ原爆開発のプロジェクトに加われるかどうかの判断が関係者の間でも分かれていた、という話はかなり興味深い。ロバート・オッペンハイマーは共産主義に走ってはいたが、当時のソビエト連邦に手を貸していたかというと違っていて、あくまで政治的理想としての共産主義に傾倒していただけ、ということのようである。それにしては、共産主義の大会に参加したり、資金援助したり、共産主義に傾倒していたジーン・タトロックという女性と付き合ったり、と側から見たら疑惑を持たれても仕方のない行動が多い。
上巻はその共産主義の疑念を持たれつつも、「マンハッタン計画」に参画し、リーダーとして計画を引っ張っていくところまでで終わる。中巻はその「マンハッタン計画」そのものを丹念に描いているのだろうと思う。
とにかく面白い作品なのだが、分量が多すぎでなかなか読み終わらない。下巻を読み終わる頃にはゴールデンウィークに突入しそうな勢いである。ただ、映画「オッペンハイマー」を輸入盤4K UHD Blu-rayで見た身としては、さらに詳細なロバート・オッペンハイマーの姿を知ることができて、非常に楽しい。
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