伊藤詩織氏、望月衣塑子氏を訴えた裁判を取り消し

昨日の夜、YouTubeを見ていたところ、Arc Timesの臨時配信が掲載されていた。ドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」において、本来使用してはならない映像や音声が無断で使用されていたことに対し、東京新聞の望月衣塑子記者が意見を述べたところ、伊藤詩織氏から名誉毀損で訴えられた件についての続報だった。

昨日の時点で、伊藤詩織氏は望月衣塑子氏とかつての弁護士に対する名誉毀損の裁判や調停をすべて取り下げた。Arc Timesでも、その件について30分以上にわたって報道していたが、伊藤詩織氏の弁護団の声明を聞いていると、何か腑に落ちない点が多々あった。

伊藤詩織氏が望月衣塑子氏を個人として訴えた理由は、望月氏がYouTubeでArc Timesの記者として発信していることや、X(旧Twitter)でのフォロワーが40万人以上いることから、単なる東京新聞の記者としての活動ではなく、インフルエンサーとしての活動とみなしたためだという。しかし、この理由には違和感を覚える。東京新聞の記事として書かれた内容が本筋なのだから、相手にするなら東京新聞であって、個人を攻撃するのは筋違いではないかと感じた。

それにもかかわらず、裁判を取り下げた理由は、「さまざまな方々や団体から取り下げるよう要請を受けたことや、関係各所との話し合いが進んでいるため」とのことだった。しかし、そもそも裁判を起こさずに、自らの映像・音声の無断使用について非を認め、粛々と対応していればよかったのではないかと思う。

さらに、弁護団の最後の声明には「裁判の提起や取り下げは弁護団の意見であり、伊藤詩織氏はそれに同意しただけ」という趣旨の内容が含まれていた。これには強い違和感を覚えた。弁護団が主導して動いていたのか? それとも、伊藤詩織氏は自らの意思で動いていなかったのか? この点について疑問が残る。

アメリカのアカデミー賞授賞式の際、「Black Box Diaries」が受賞しなくてホッとしたと書いたが、正直なところ、伊藤詩織氏の考え方や行動原則は理解しがたい。彼女は「自分が性暴力の被害者である」ということを過度に前面に押し出しすぎているように思える。もちろん、性暴力が許されるべきでないのは当然だが、そもそもドキュメンタリー「Black Box Diaries」を制作する必要があったのか? そもそも、性暴力に関する裁判で勝訴したことで十分だったのではないか? そう感じずにはいられない。

いずれにせよ、違和感を抱いていた伊藤詩織氏による望月衣塑子氏への裁判は、一旦取り下げられた。今後、伊藤詩織氏は「Black Box Diaries」の再編集版を作るつもりなのか、それとも、自身の無断使用について正式に釈明するのかが気になるところだ。今回の件を通じて、伊藤詩織氏に対する見方を変えざるを得なくなったのが正直な感想である。

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