いなほゆらの反戦イラスト炎上に思う | なぜ「戦争がなくなりますように」と言ってはいけないのか

いなほゆらの反戦イラスト炎上とは何が起きたのか

昨日あたりからXやニュースで見かけ、理不尽に感じた出来事がある。

イラストレーターのいなほゆらさんがXに投稿したイラストに対するユーザーの反応についてである。

いなほゆらさんは「世界中から戦争がなくなりますように」という思いを込めて、鳩とウサギを描いたイラストをXに投稿したという。しかし、この行為に対して批判が寄せられた。「これで(戦争が)なくなりゃ世話はない」といった書き込みもあったそうである。

こうした批判を受けて、いなほゆらさんは謝罪し、イラスト付きの投稿を削除してしまったという。

僕はいなほゆらさん自身の投稿は直接見ていない。しかしX上では、いなほゆらさんへの批判に対して、

「平和を希求して何が悪い」

「今の日本では平和や反戦を訴えることすら許されないのか。戦前と同じではないか」

といった反発の声が数多く見られた。

そして僕自身も、平和希求や反戦の立場には同意している。だからこそ、あえてそれをテーマにこのブログを書いてみたいと思う。

僕自身も反戦をテーマに動画を公開したことがある

僕は1年半ほど前、憲法9条改正反対・戦争反対を訴える国会議事堂前のデモ活動を記録した動画を制作し、YouTubeに公開したことがある。

この動画をまとめた当時は、現在のように高市早苗氏が首相でもなかったし、トランプ氏が大統領でもなかった。しかしコメント欄には5件ほど批判が寄せられた。

内容はいずれも、

「中国が台頭している時代に戦争反対などと言うべきではない」

という趣旨のものであった。

僕はそれらのコメントに対して、あえて反論しなかった。反論しても水掛け論になるだけで、建設的な結論には至らないと思ったからである。

それでも動画を削除することはしなかったし、コメントはなくとも高評価をつけてくれた人も数名いた。

反戦の声が言いにくくなっている空気を感じる

今振り返ると、この動画は時代に少し先駆けていたようにも思う。現在は、平和を希求する声や反戦を訴える声が徐々に言いにくくなっている空気を感じるからである。

平和や反戦に批判的な人の多くは、中国やイランといった国に対する強い不安や恐怖を抱いており、それに対抗するには武力しかないと考えているのではないか、と僕は感じている。

その不安そのものは理解できる。

しかし僕は、それでも武力によって事態が解決するとは思っていない。

紛争を解決するのは武力ではなく対話である

僕は紛争を解決するのは対話であると考えている。

正直に言えば、現在の政治家たちに対話による解決能力を期待するのは難しいのかもしれないとも思う。むしろ武力によって問題を解決できると考えている政治家が多いようにも見えるからである。

それでも僕は、政治家に対して対話による紛争解決を求め続けたい。

僕が払っている税金は、紛争を武力で解決するためではなく、対話によって解決するために使われるべきものだと思っているからである。

なぜ反戦を主張してはいけないのか

今回の出来事を見ていて、僕はひとつの疑問を強く感じた。

なぜ反戦を主張してはいけないのだろうか。

戦争がなくなってほしいと願うことは、ごく自然な感情であるはずだ。現実の国際情勢が複雑であることと、その願いそのものの価値は別問題である。

反戦を語ることと、安全保障を考えることは本来両立できるはずである。

僕は対話による外交を信じたい

僕はSFドラマのStar Trekが好きである。

スター・トレックの世界では宇宙艦隊は武装している。しかし問題を解決するために最初に試みられるのは常に対話である。

武力は最後の手段であり、外交とは対話であるという思想がそこにはある。

現実の国際社会がそのように単純ではないことは理解している。それでも僕は、外交とは本来そうあるべきだと思っている。

僕自身の意思表示として

いなほゆらさんが投稿を削除してしまったのは残念である。

だからこそ僕は今回、ChatGPTを活用してウサギと鳩をモチーフにしたイラストを制作した。このイラストを掲載することで、僕自身の意思表示としたいと思う。

戦争がなくなることを願う気持ちは、誰にも否定されるべきではないと僕は思っている。 

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