一昨日、火曜日に父が僕の住むマンションに突然訪れたことを書いた。訪れた理由はその時は書いていなかったが、実は火曜日の未明、僕の叔母にあたる人、父からすると姉にあたる人が亡くなったので、その知らせと叔母の葬儀に出席してほしいという父からの願いを伝えるために、わざわざ僕のマンションまで足を伸ばしたのである。
叔母の葬儀は今日、金曜日に執り行うということだった。考えたら、今日はいくつか仕事で会議があった。しかし、父からの葬儀出席の依頼を受けたのもあって、葬儀に出るつもりで父が帰ったあと、会社の関係各所に相談して、会議を延期してもらったり、会議で僕が回答する部分は事前に回答資料を用意するので代読をお願いする、ということで、なんとか今日、葬儀に出るための年休取得ができた。
2年前に母が亡くなって以降、施設に入っていた叔母は父に会いたがっていたという。それで父が何回か施設に出向き、叔母と会っていた。その時に僕の従兄弟にあたる人、つまり叔母の子供も、僕や弟に会いたがっていた。僕自身は会うのに不都合はなかったが、なかなか会う機会もなかった。実際、叔母や従兄弟とは30年以上会っていないので、見知らぬ他人に近かった。
そんな関係ではあるが、父の頼みもあるし、もし父が亡くなった時には従兄弟にも葬儀に出てもらったほうがいいだろうという思いもあって、30数年ぶりに顔を合わせるほうがいいだろうと思ったので、今日、葬儀に出席した。
葬儀は三浦市のかなり田舎の方のお寺さんで執り行われた。車で行くのも大変な場所で、「よくこんな場所を葬儀の場として見つけたな」と思ったぐらいである。お寺さんに着くと、従兄弟家族がいて、30数年ぶりに従兄弟と再会し、初めて従兄弟家族と出会った。
葬儀は告別式と初七日を一緒に取り行ったが、叔母の死顔は穏やかだった。母の死顔とは違っていた。母の葬儀の時の宗派と違うので、多少の違和感がないわけでもなかったが、僕と父、従兄弟の家族の少人数で葬儀を執り行い、滞りなくすぎていった。
葬儀が終わると、火葬場に遺体を運んでいった。火葬場は横須賀市にしかないので、移動に時間がかかったが無事到着し、遺体を火葬してもらった。待っている間は食事をしながら会話を交わしていた。従兄弟とは30数年ぶりの再会になるのだが、実は僕の会社と従兄弟の会社は取引があって、直接ではないが繋がっていたことが判明し、驚いた。
叔母が遺骨になると、骨壷に遺骨を入れて、今日の儀式、少なくとも父と僕に関する限りは終わりになったが、最後に従兄弟とLINEで交換をして、連絡が取れるようにはしておいた。
母の死から2年経っていないうちに叔母が亡くなり、父からすると身内がいなくなっていってショックが大きいようである。それでも僕が仕事を休んで葬儀に出たことに感謝していたみたいである。僕自身は、叔母の葬儀で従兄弟と再会したことの方が大きいとは思っている。もちろん、叔母の死は悼んでいる。母の死から2年経たないうちに身内の死が訪れると、色々考えてしまうところはある。それでも今日の葬儀を滞りなく済ませたことは、一つのけじめをつけたような気になっている。

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