カイ・バード&マーティン・J・シャーウィン著「オッペンハイマー」中「原爆」ハヤカワ・ノンフィクション文庫

3月29日からロードショー公開される映画「オッペンハイマー」を制作する際の元ネタになった原案本3巻の半ばに当たる本が、この「オッペンハイマー」中「原爆」である。

話の中心は、オッペンハイマーが原爆開発プロジェクト、マンハッタン計画に参画し、数多くの科学者たちを統率して原爆の開発に挑むことにあるのだが、実際はその開発の苦闘ぶりがあまり表立って書かれていないように感じる。

上巻でも描かれたオッペンハイマーや彼の信頼する科学者たちが共産主義者であったがために、ソ連に原爆情報が漏れるのを恐れるアメリカ軍やアメリカ政府と、原爆開発のために共産主義を表向き手を切ったオッペンハイマーら科学者たちとの対立と、アメリカ政府やアメリカ軍が止むを得ず彼らに信任を与える、という展開がストーリーの主軸になっている。この対立は下巻で爆発するのではないかという予想を掻き立てることができる。

その一方で原爆開発中にオッペンハイマーはベーテの意見からすでに原爆がもたらす悲劇について、ある程度の見立てを行なっていたこともこの中巻では明らかにされている。原爆がもたらす破壊力や人類の危機に対して予見できていたのにも関わらず、そして元々はナチスドイツが原爆を先に開発したらどうなる? という恐怖心から始まった原爆開発が、ナチスドイツの降伏後も続けられ、なぜ、日本の広島、長崎に投下することになったのかという下りも詳細に描かれ、オッペンハイマーの苦悩とともに、原爆をトランプのジョーカーのように使用しようと考えるアメリカ政府やアメリカ軍の立場に憤慨するところもある。

ただ、オッペンハイマーも原爆を広島、長崎に投下することに対して表立って反対しなかったところは、彼の人間性の弱さを示していて、オッペンハイマーという人間を一言で説明することができない複雑さを抱えた物理学者として捉えることができる。

本の後半で広島、長崎に投下された原爆が引き起こす惨状を知ったオッペンハイマーは自分の犯した罪について後悔するのだが、それはアメリカ政府やアメリカ軍にとっては弱腰に見えたようで、オッペンハイマーの核兵器に対する見解を一蹴してしまうところは、立場の違いを明確にしていて読者としては感情は複雑である。

ようやくこの大作ノンフィクションの2/3を踏破し、いよいよ没落していくオッペンハイマーの真相を知ることになってくると思うのだが、4K UHD Blu-rayで映画を見ていた僕としては、英語字幕だけでは理解できなかった舞台背景が明確になってきたことで、大変興奮する内容であると思うし、原爆という人類を滅ぼす兵器を作った人物の真相に迫れるこの本の存在は知的好奇心を満たすものとして魅力的である。

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