ローレンス・ヴァン・デル・ポスト著「戦場のメリークリスマス[影の獄にて]映画版 新装版」(株)新思索社

2023年の春に上映権が切れるために全国での大規模ロードショーが最後になった、大島渚監督の代表作「戦場のメリークリスマス」、坂本龍一さんが3月に死去したことで現在追悼ロードショーが異例の状態で行われているが、それを受けてネット上で望まれていたのが、「戦場のメリークリスマス」の原作本であったローレンス・ヴァン・デル・ポスト著の「影の獄にて」の復刊だった。現在、「影の獄にて」も、この本に「戦場のメリークリスマス」のスチル写真を掲載した「戦場のメリークリスマス[影の獄にて]」も絶版になっており、しかも出版社は倒産しており、翻訳者も死去されているので復刊はほぼ絶望的という状況である。そのせいもあってか、ネット上では1万円以上の値付けでオークション等で取引されている始末である。

たまたま、僕は2009年に「戦場のメリークリスマス[影の獄にて]映画版 新装版」を入手していて、一回は読んだもののそのまま実家の本棚に放置してあったのだが、「戦場のメリークリスマス 4K修復版」の最後のロードショー公開を見に行ったこともあって、久しぶりに熱に浮かされたように「戦場のメリークリスマス」にとりつかれ、ゴールデンウィークに実家に帰った時に「戦場のメリークリスマス[影の獄にて]映画版 新装版」を本棚から取り出し、福岡の自宅に持ち帰って読み返した。

ストーリーは三章からなり、物語はすべて話の語り手である「私」が第三者であるロレンスやセリエといった人物から聞いた話を語る内容になっている。映画版では「私」というキャラは登場せず、そのキャラについてはローレンスに集約しているように思える。

第一章は日本軍捕虜収容所に収容されたロレンスとハラ軍曹との関係を描いたものであるが、映画の内容とはだいぶ異なっている。唯一同じなのは、ハラがロレンスをクリスマスの日に釈放するのと、戦後ハラが処刑されるというところだろうか。この二人の関係性は映画の方が濃密で、原作本の方はもっとあっさりしている感じはする。これは、脚本の出来の良さを表しているように思う。

第二章はセリエの弟に対する贖罪と、日本軍のヨノイ大尉とセリエの関係を描いたものである。セリエの弟に対する贖罪は映画でも少し触れられていたが、原作ではかなり長いセリエの手記という形で詳細に触れられている。映画ではセリアズになっているセリエの弟に対する贖罪の告白は、ヨノイ大尉に対する行動へのモチベーションになっているが、実は原作本もほぼ同様の展開なので、この辺は原作本をなぞるかのように映像化しているところはあると思う。ただ、ヨノイ大尉の部下にハラ軍曹と言う関係性は映画では成立していたが、原作では成立していないので、ここは大きな違いではある。

第三章はロレンスが日本軍に捕虜になる前に日本軍の侵攻を食い止めるために奔走する姿と、日本軍の侵攻により命からがら逃げてきた女子供たちの中の一人の女性とのロマンスを描いたものであり、これは映画では描かれていない内容ではある。映画では牢屋にセリアズと一緒に入れられたローレンスが、セリアズに昔に出会った女性の話をするシーンがあったが、そのコンセプトだけ原作と同じで、女性との絡みの内容は全く異なる。ロレンスの人となりを緻密に描写する章として成立しているエピソードである。

三章を通じて、日本軍との実際の戦闘シーンを描いた描写はなく、戦後のクリスマス前夜と当日、当日の夜の「私」と「ロレンス」とのやりとりを通じて、第二次世界大戦の日本軍捕虜になっていた時の話を振り返る内容になっているが、映画の原作ではあるものの、原作をそのまま映画化したものではなく、映画は原作のエッセンスを掴んで新たに脚本を書いたものだと言う認識でいる方が正しいと思う。なので、映画の出来は原作の出来と同一のものではなく、独立した評価を与えるべきものになっていると思う。

絶版状態で入手しようとしたら1万円以上の出費をして中古本を買うしかない状況であるので、映画「戦場のメリークリスマス」を見て、どこまで原作本を読んでみたいかと言う好奇心が強い人にしか現状勧められるものではない。僕自身もネットで中古本の値段を見て買い直しを諦め、時期を見て実家に置いてあった本を持ち帰ったぐらいなので。もし2009年の時に買っていなければ、今も手を出すことはなかったとは思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました