今日のForbesの記事を興味深く読ませてもらった。今日はローランド・エメリッヒが監督したパニック映画「デイ・アフター・トゥモロー」が日本で公開されてから22年が経過したのだという。
Forbesの記事は、映画で描かれた災害が現実の世界にも迫っているという話を中心に書いている。つまり映画の世界が現実になってきている、という話を記事にしているわけである。
僕が過去に輸入盤Blu-rayで「デイ・アフター・トゥモロー」を見た時の感想はどうだったのか、というと、「大風呂敷を広げたのはいいが、回収がうまくない」とか、「家族愛が中途半端」といった感想を持っていた。パニック映画のパターンとしてSFXによる地球環境悪化のシーンはすごいとは思ったが、物語としては大した出来ではないというのが、当時の感想であった。
この意見は僕だけではないと思っている。この映画を見た多くの人が「映画を見ている時には興奮するが、見た後は心に残らない」と思っていたのではないかと推察する。
そんな映画だから、Forbesあたりがこの映画をネタにして記事を書き、映画の世界観が現実の世界にも訪れている、という説を提示してしまうと、「そうかな? でもそういう考え方もあるか。確かに異常気象の世界にいるしな。」と半分記事の内容を疑いながらも、半分は記事の内容を信用しているところがある。
ローランド・エメリッヒ監督の映画なので、そんなに真面目な映画だとは思っていなかったのだが、Forbesあたりが真面目に取り上げてしまうと、改めて鑑賞し直した方がいいのかな、と思ったりもするが、もっと真面目な社会を取り巻く環境を指摘した映画はたくさんあるので、そういう映画を見た方がいいような気はしている。
僕が社会が抱える問題をそのまま映像化した作品として記憶に残るのは、まるでコロナ禍を予見していたかのようなスティーヴン・ソダーバーグ監督の「コンテイジョン」や、アルツハイマー病を発症した女性の視点で物語が進む「アリスのままで」、精神疾患をテーマにした実在の人物を描いた「ビューティフル・マインド」などが挙げられる。その範疇からすると、「デイ・アフター・トゥモロー」はあまり社会的問題に切り込んだ作品という印象はない。
しかし、エンターテインメントに振っている作品でも、どこかしら社会的問題を扱っている部分はあると思うので、「デイ・アフター・トゥモロー」を取り扱ったForbesの記事もおかしいとは思わない。そういう視点もあるのか、と思うだけである。
