大相撲の八百長問題について感ずるところを

ここのところ、世間を騒がせているニュースといえば、大相撲の八百長問題だろう。そこで僕もちょっと感じるところがあるのでエントリーしてみたい。

まず八百長の事実が発覚した時の第一印象だが、「ああ、やっぱりね」だった。これは数年前から週刊誌(週刊ポストとか、現代)辺りが度々スクープで「横綱の八百長があった!」などと報じていたからである。大抵記事の結びには相撲協会の「こういった事実はない」で締めくくられていたし、確か相撲協会から週刊誌に対してクレームがついたことも記憶している。しかし相撲のファンではないし、見てもいないが、そういう記事を見かけるたびに脳内に「相撲は八百長がある」という刷り込みがされていったのは事実である。そして今回の事件が発覚した。昔はどうやっていたのかは知らないが、ここ最近では携帯電話のメール機能で取引があったという。これが証拠となってしまったのだから、なんか時代を感じさせるなと思う。

さて、肝心の相撲についての八百長の是非だが、僕個人は特に何も意見はない。まああまり国技だといわずに興行していればいいのではないかとさえ思っている。つまりプロレスと同じような感覚である。これがサッカーだとか、プロ野球なら話は違うのだが、相撲の場合、なんとなく取引があってもおかしくはないという雰囲気を漂わせているのである。だからそろそろこれを機に相撲のあり方を改めたほうがいいと思う。まあさらに厳しくして国技としての体裁を保つも良しではあるが。

しばらくは、地方巡業も中止、春場所も中止と、話題には事欠かないが、この先相撲協会がどういう対策を出してくるかが、焦点だと思う。しかし、力士たちが非協力的だという話もあって、たぶん全面解決には至らないのではないかと思う。有耶無耶のうちに終わるというパターンでニュースバリューは消滅しそうな気がする。

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